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2007.05.12

第19回山口100萩往還マラニック大会250km完踏レポート  その3

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写真は萩往還公園への中国自然歩道沿いにある「涙松遺址」。江戸時代、萩城下が一望できるこの場所は、往還道を行き来する人々の送迎の場。松並木の間から萩の街を見下ろしここで別れの涙を流すので涙松と呼ばれたそうです。維新の志士達の思想的リーダーだった吉田松陰が、安政の大獄(攘夷派の志士弾圧事件)で江戸へ護送される時にここで故郷に別れを告げるために詠んだ一首

「帰らじと思いさだめし旅なれば、ひとしほぬるる涙松かな」

で有名になったとのこと。この別れの歌を想うと、幕府の圧政者、大老井伊直弼への憤りの念と、志なかばで捕らえられ新しい時代の幕開けを見ることなく生涯を終えた吉田松陰の無念さが偲ばれます。その後の幕末の日本の歴史は自分の教え子たちが中心となって明治維新へと大きく動いていくわけで、萩はそんな維新の志士達の風を感じさせてくれる情緒たっぷりな城下町。

■ 肌スレとまめに苦しむ青海島 ■

仙崎公園(往路142km)・CP5鯨墓(152km)・仙崎公園(復路163km)

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西坂本エイドから次の仙崎(せんざき)公園エイドまでは13.8kmと区間距離は長く、黄波戸(きわど)峠を越えるとほぼフラットな海岸線を走り長門市内を抜けるコースとなります。海岸線を走っていると、全く前後にランナーの姿が見えなくなったので昼間だしそんなに間違えるようなコースではないけれど、コースアウトしていないか少し不安になり、今まではアロハさんミチヒロさんという心強い道案内がいてくれたからコース地図のお世話にならずに済んだけど、ここでレースで初めてコース地図を引っ張り出して確認。市内に入るとランナーの姿もちらほら見かけるようになりひと安心。

上りは走り下りは歩きで黙々と歩を進めているランナーとよく追い抜いたり追い越されたりのバトルを展開していたので話しかけてみると、御殿場からやってきた私と同様に去年140キロの部に初参加したウルトラマン。地元であるチャレンジ富士五胡や星の郷野辺山高原などのウルトラを経験しているということなのでしばしウルトラ談義に花が咲き並走しながら仙崎まで一緒に行くことに。彼はここまでに萩往還のハードなコースの洗礼を受けたらしく、両膝を痛め下りは痛くて走れなくなったとのこと。

【5月3日午後4時頃に仙崎公園エイド(往路142km)到着】

−第3関門往路3日午後8時30分−

仙崎公園エイドに着くと先行していたことみさんがちょうど休憩していたので、これから青海島の突端にある第5CPの鯨墓(くじらばか)まで折り返す往復コース(20.6km)を、1人で悶々と走るより3人で走っている方が脚の痛みや気が紛れていいでしょうということで、御殿場のランナーとことみさん、私の3人で少し休憩後に一緒に行くことにします。このエイドでは命の次に大切なチェックシートと給水ボトルだけ持って自己責任でリュックをエイドに置いて身軽で走って行けます。

どうも足の指先に鈍い痛みを感じていたので、ランシューとソックスを脱いで足の指先を恐る恐る確認してみると、右親指の内側と小指外側にそれぞれ1コ、左親指の両サイドと小指外側に1コの合計5コのまめがしっかりできていたので憂鬱な気分。水が溜まってブヨブヨする摩擦水泡ってやつですね。5本指ソックスの上に厚手のソックスを重ねて履いていたけど、どうやら油田中学で履き替えた時のソックスがシューズの中でよじれてしまっていたみたいですよ。今までどんなレースに出場しても足にまめなんてできた経験はないのにね。宗頭(175km)に救急セットを置いてあるのでそこまで辛抱することに決め、これは見なかったこととしソックス&シューズを履き直し。

それと、左わき腹がヒリヒリ痛いので調べてみると、ロングタイツに重ね着していたハーフパンツのベルトが直接肌に当たって10cmぐらい擦り傷になっていました。下にロングタイツを履いているので問題ないだろうと思っていたら、走っていてタイツが腰の位置まで下がってしまいベルトが直接肌に当たって摩擦で擦り切れたみたい。

スタート前にしっかりと足の指先にもワセリンを塗り込んでおけばソックスやシューズと足指の皮膚との摩擦も低減してこんなに酷い状態にはならなかっただろうし、ハーフパンツのベルトを外して走れば何ということもなかったのに。いやいや250キロの世界の肌スレやまめの恐ろしさを身をもって体験しました。それと同時にこんな状態でまだ100キロ以上もあるのに大丈夫なのか自分?

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青海島(おおみじま)は北長門海岸国定公園の西部に位置する景勝地。青海大橋で仙崎とつながっている周囲40kmの起伏が多い島。海食洞窟や奇岩、断崖などある観光スポットだけど、これまた延々と続くゆるい上りや下りが豊富にあり、と~っても辛楽しめるコース。往復コースなので、鯨墓のCPで折り返してくる選手とエールの交歓もできるところ。戻って来るランナーへはもう帰れていいよなーとただただ羨望の眼差しにはなります。

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【5月3日(木)午後4時39分 青海島・静が浦キャンプ場エイド(往路148km)到着】

往路の静が浦キャンプ場エイドで食券でうどんを頂き腹ごしらえ。この区間は自販機もあるのでほんと手ぶらでもOK。ただ、日が暮れる頃に通過する場合はライトの装備は必須。

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少しずつ太陽が沈みかけている人影もまばらでもの寂しい雰囲気の仙崎湾。

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くじら資料館の横にでーんと置いてあるモニュメント。

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5月3日(木)午後5時31分 CP5鯨墓(152km)到着】

−第4関門3日午後10時30分−

いや~やっとCPに到着。昼間に沖田食堂で服用した痛み止めの効果はどうやら切れてしまったようで、足のまめの痛みは左わき腹の擦り傷の痛みが消してくれ、わき腹の痛みは脚全体の痛みで忘れるというような苦痛の三角関係状態で結局は痛みは消えないんですけどね。これからまたアップダウンの連続の同じ道を戻ることになると思うと精神的にシンドイ。しばらく復路を走り歩きしているとアロハさん、続いてミチヒロさんと会えたので気合を入れ合います。

【5月3日(木)午後6時50分頃 仙崎公園エイド(復路163km)到着】

仙崎公園の往復の到着タイムがだいたいだったりエイドの写真が無いのは、この時は肌のスレや足のまめの影響で時計を見たり写真を撮る余裕が無くなっていたらしい。

■ 仙崎から宗頭までの同行の師 ■

御殿場のウルトラランナーはゆっくり歩きで先に行くということなのでここで別れます。ことみさんはこれから宗頭までの11.6kmの区間、エネルギー切れで走れなくなるのが心配らしいので仙崎公園エイド前のコンビニでパンやゼリーを調達して店先でどかっと腰をおろしてエネルギー補給。午後7時頃に第2トランジットである宗頭(むねとう)文化センターへ出発。2日目の夜になりヘッドランプを装着。スタートして25時間が過ぎているけど、眠気はまだそれほど感じないが脚全体が鉛のように重たく上がらなくなってきました。仙崎から宗頭へのルートは、国道に出るまで街灯のない迷いやすいコースと聞いていたので、ちょうど同じ時刻に出発する年配のランナーさんの後について同行させてもらうことに。

福岡から参加の萩往還を3年連続3回完踏しているウルトラマン。250キロ初参加と告げると、歩きをいれながら気を使って走ってくれます。宗頭ではいつもじっくり3時間は休憩して午前1時に出発してだいたい45時間から46時間の間で萩往還を余裕を持って楽しみながら完踏しているとのこと。こちらはとにかく死ぬ気で何が何でも完踏!というギラギラした戦闘モードでいたので、こんな大人の走りがいずれ萩往還でできたらいいでしょうね。この後は阿蘇スーパーカルデラを走る予定とのこと。過去のウルトラマラソンの話や萩往還のエピソードなどで盛り上がり脚の痛みも忘れることができ、コースも迷わずにほんとに助かりました。萩往還は、コースは厳しいけどランナー皆で助け合い、声掛け合いながらゴールを目指そうという思いやりの精神が溢れている人に優しい雰囲気のある大会なんですよね。

■ 結果的に15分の仮眠 宗頭文化センター (175km) ■

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【5月3日午後9時34分 宗頭文化センター(175km)到着】

-第5関門4日午前4時00分-

走る前に目標としていた宗頭に3日の午後10時まで到着し午前0時前に出発をなんとか半分達成。でも、まだまだ完踏は全然見えてこない。宗頭に到着すると、zephiyamaさんが仮眠もせずにちょうど出発するところだったのでエールを送ります。預けて置いた荷物を受け取り、私は人一倍汗っかきで、肌のスレや足のまめのこともあるのでお風呂へ直行。ゆっくり湯船に浸かっていると睡魔が襲ってきてもういいや!グビグビタイムで!って戦意喪失することにならないように脚だけお湯に入れてストレッチ。心なしか血行が良くなって脚も多少軽くなった感じ。

さっぱりした後に着替えて座敷でおにぎりと味噌汁の夕食。ここで今後に備えて2度目の胃薬と痛み止めを1錠づつ服用し荷物預かり所の棟へ移動して毛布をもらって体育館の仮眠所で足のまめのケア(後で聞いたらここはリタイアした選手の仮眠所だったらしい)。救急セットを引っ張りだして患部を消毒後に安全ピンで足の指先にできた5つの水泡を刺して内容液を出してバンドエイドを張って終了。足の指先がジンジンと熱をもってきたけど、まだレースの緊張感が持続しているのかしばらくすると気にならなくなりました。

預けた荷物のどこを探しても交換用のランシューが入っていないことに気付く。うーんスタート時に入れ忘れたか。。。これだけ長時間走っていたら足がむくむし、まめの部分がシューズの先にあたると痛みを感じるだろうから少し大きめのサイズのシューズを用意して正解だったと思っていたのにね。まっ、無い物をいつまでも悔やんでもしょうがないのですぐに気持ちを切り替えて今まで履いていたシューズ(GT2110)のひもをゆるゆるにし薄手の5指ソックス1枚にして走ることにします。携帯でメールやブログをチェックすると、多くの仲間から応援コメントが入っていたのでとても勇気づけられました。

さて、仮眠するか!と時計を見たらもう午後10時50分を過ぎていたのであらら・・・時間が経つのが早いこと。遅くても午後11時30分には出発するつもりだったので、バタバタしていたら仮眠する時間がほとんどなくなってしまったみたい。お風呂と足のケアだけロスタイムだったか。取り合えず横になって少しでも寝ようとするけど頭が冴えて全く寝付けない。ウトウト状態のまま約15分の仮眠で切り上げて出発することに。ことみさんへメール&TELするもレスがないのでまだ仮眠しているんだろうと勝手に解釈して目標通り午前0時前に宗頭を後にします。スタートしてから175km・29時間以上経過、ここからまた単独走になります。

【 5月3日午後11時24分 宗頭文化センターを出発 】

■ 睡魔との闘い 鎖峠から萩市内へ ■

疲労のピークになり2度目の夜間走行となる3日深夜から4日早朝にかけての宗頭から笠山までが睡魔に一番悩まされた区間。今思えばもう少しゆっくり仮眠して頭も体もリフレッシュして宗頭を出発しても問題なかったと思うが、なにせ初めての250キロなので休憩の時間配分なんか皆目検討がつかないし、まだ全く先が見えてこないのでどうしても前へ前へと焦りの気持ちになって先を急いでしまう。また、深夜の宗頭から萩市内まではコースも解りづらく寝不足でコースアウトへの不安が付きまとう所。

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【 5月3日(木)午後11時59分 CP6藤井商店(178km)到着 】

宗頭からCP6の藤井商店へは3.3kmなのですぐに到着し鎖峠(H=260m)のゆるい上りを歩きで越えるが、ゆるゆる歩き出すと途端に強烈な睡魔が襲ってくる。ランナーの点滅式安全ライト(ホタル)の灯りも見えてこないので地図を出そうとリュックの中を探すと入っていないことに気づく。宗頭でチェックシートの次に大切なコース地図を返却する荷物と一緒にして忘れてしまうという4つ目のミスをやらかしてしまう。萩市内まで行ければ後はコースは問題なく分かるので、しばらく後からくるランナーを歩きながら待つが誰もやって来る気配なし。

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鎖峠のピークを過ぎてコースを間違えてないか心配しながら長い下りを走っていると、ここで第4の同行の師が登場。眠気を追い払うために大声を出しながら走ってくる長身のランナーがやって来たので後について行くことに。ただ、ペースが少し速くてとても並走出来そうにもないので、彼の点滅しているホタルの光を見失わないように着いていくと、三見分岐で鋭角に左折するヶ所は街灯がありコースの白線もしっかり確認。

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【 5月4日(金)午前1時33分 CP7三見駅(187km)到着 】

どうにかCP7三見(さんみ)駅にたどり着く。駅舎の中では仮眠をしているランナーが数人。ここから玉江駅までが幻聴幻覚による心霊スポットで深夜の萩往還きも試しコース。何度か踏み切りを渡り、街灯もなく真っ暗ないかにもという不気味な雰囲気が漂う林道を走っていると、またまた睡魔が襲ってきてフラフラ夢遊病者のような状態になってくる。今までは走っている時は脳に軽い刺激があるためか眠気は問題なく、歩き出すと途端に襲ってきた睡魔がもう走っていてもおかまいなし。眠気対策でペパーミントフリスクを何粒も口に入れると数分は覚醒できるけどその後はまたフラフラ状態に。

狭い林道はガードレールもなくコース際からは川が流れる音が聞こえるけど暗闇なのでどのぐらい下に流れているのか分からない。半分寝ながら走っているような状態なので、一瞬ふらっとそちらの方へ体が傾いて行ってヒヤットすることが数回。前後に選手の姿も見えなくてこんな所で足を滑らせて落ちたら大変なので、最後の手段でまぶたにメンソレータムをぬってみるとこれがなかなかのヒリヒリ効果で少しの間だけど目が覚める。

本当は道端で数分でいいから仮眠するのが一番だろうけど、早くこの区間を抜け出したかったので足下に意識を集中して進みます。しばらく走ると遠くにぼーっとした灯りが見えてきたのでそちらへ向かって行くと、こんな周りに人の気配もなく薄気味悪い場所で独りでエイドを出している方がいてびっくり。独りで怖くないのか?と聞いてみるともう慣れたとのこと。

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【 5月4日(金)午前2時46分 玉江駅(194km)到着】

やっとのことで玉江駅に到着。ここでいすに腰掛けて温かいお茶を頂く。少し仮眠をしようと思うが、さっきあんなに眠かったのに眠気の波が一時的に去ったのか頭はぼーっとしているのにとても眠れそうにない。この辺りからはコースは頭の中にしっかり入っているので、コース地図がない夜間単独走でも、コースミスをするのではないかという常に抱いていた不安感からはやっと解放される。

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萩城前からCP8笠山を目指して走って行く途中でまた強烈に睡魔が襲ってきてライトの届く範囲の視界に映る何もかもが鈍く動きを失っているように見える。眠気で意識が混濁している時に公園のベンチが目に止まったら、体から急速に力が抜けて無意識に倒れ込むようにそこへ横たわる。吹く風はそれほど冷たくなく、海岸が近いので潮の香りを運んでくる風が心地良い。このまま横になっていたら多分熟睡してしまうかもしれない恐怖心から3分もしないぐらいで起き上がって再始動。第8CPの笠山の入り口まで走り歩きすれどもなかなか見えてこない。こんなに遠かったか?

この辺りからブルーゼッケンの140キロのランナーが後ろから走って来てはこちらへ温かい声をかけてくれるようになる。去年は夜明け後のもう少し明るい時間帯に自分がブルーのゼッケンをつけて萩市内を走っている時に、3日目に突入して疲労の極致に達しているであろう250キロの白ゼッケンの鉄人達の全身から気迫がみなぎっているような姿に感動し勇気をもらったものです。今年は自分が白ゼッケンをつけて立場が逆になって走っているのがなんだか不思議な気持ちだけど、彼らにパワーを与えられるような恥ずかしくない走りをしないといかんぞ!と気合を入れ直して笠山を目指します。

そして、笠山の第9CP虎ケ崎(207km)で大いなる勘違いをしてしまうことに・・・。

-次回へもう少しつづく-

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コメント

私もレースとか鍛錬で足にマメ作ったことないのですが、250ともなるとそんなことも起こり得るのですね。
タイツに上にパンツ......ってなんかそれっぽくて憧れるのですが、慣れないことはしない方が良いってことですなぁ。

投稿: 「た」 | 2007.05.12 21:30

大いなる勘違い?!え~! 笠山の第9CP虎ケ崎(207km)で! 次回も楽しみ♪

投稿: コスメル前村 | 2007.05.12 22:36

>「た」さん
やっぱり長時間走ると普段経験したことがないいろいろな現象が起こりましたよ。足のまめを安全ピンで刺すのは病みつきになりそう^^)

>前村さん
寝不足の頭ではちゃんとした状況判断が出来ないって事でした。

投稿: ヒロ児玉 | 2007.05.12 23:52

萩往還お疲れ様でした。仙崎で児玉さんにお会いした時、精神的に一番辛いところでした。宗頭まで一緒に走らせていただいて本当に助かりました。宗頭はリタイア選手の方にいたんですね。私も23時頃から児玉さんを探してウロウロしてたのですが、どおりで見つからなかったはずです。宗頭出発は10分位しか違わないのにゴールは随分差がついてしまいました・・・続きも楽しみにしてます!

投稿: ことみ | 2007.05.12 23:58

>ことみさん
いや~どーもお疲れさまでした!
萩往還の250は本当に大変なレースだったけど、お互い完踏できて良かったね。仙崎から鯨墓往復コースも起伏が激しく辛かったから単独走だとかなり参っていたかも。萩攻略でギリシャも見えてきたでしょう。完踏の女神犬とは最後まで走ったのかな?

投稿: ヒロ児玉 | 2007.05.13 20:19

眠い!!眠い!!

そんな時間帯かな?(笑)

投稿: aloha!moana | 2007.05.13 21:28

ちょっと偉そうに書きますけど(^^)

ヒロさん、なんか強くなったねー。大きくなったというべきか。
このレース記録ここまで読んで、一回りも二回りも大きくなったような気がしますよ。

投稿: まさ | 2007.05.13 22:27

>アロハさん
2日目の深夜から早朝にかけてが睡魔に悩まされて死ぬほど辛かったですよ。でも、人間多少寝ないでもなんとかなりますね。

>まささん
萩往還250は絶対1回で決めたい勝負レースだったので、たいした力を持っているわけではないけど、今ある自分の力を全部出し切れてたレースでした。ほんといい経験できましたよ。

投稿: ヒロ児玉 | 2007.05.13 23:40

この距離になると「擦れ」や「まめ」対策が本当に重要なのですね。やっぱり違う世界だなぁ。

投稿: payuta | 2007.05.13 23:49

いやぁ~ものすごい文章ですねぇ!僕なんかこの区間・・ほとんど記憶がないですよ・・(汗)。足の裏が異常にかゆかったのだけは覚えています・・宗頭で足を洗えば良かったかな!?

投稿: zephiyama | 2007.05.14 12:40

>payutaさん
萩往還250を少し軽く考えてました。肌の擦れや足のまめでこんなに悩まされるなんて初体験でした。

>zephiyamaさん
レース自体長時間なので、私も断片的な記憶なんですが、写真を撮っていたおかげで思い出せてます。宗頭の湯船は濁っていて凄い状態でした^^)。

投稿: ヒロ児玉 | 2007.05.15 01:19

ヒロ児玉さんのレポ、毎度、感動させていただいています。
最近では、ウォーキングに行くのにちょっと身体が愚図っている時など
奮起させるために拝読させていただいたりしています ^-^
続きが、とっても楽しみです!

投稿: ハウオリヤコ | 2007.05.15 16:18

マメや擦れなど痛みもあるし、睡魔も襲ってくるしで、辛そうですねー。
あ~最後の終わり方がさすがですねぇ☆つづきを早く読みたいですよぉ。

投稿: ☆ユリラックマ☆ | 2007.05.15 18:16

>ハウオリヤコさん
レポ読んでもらって少しでもモチが高まれば幸いですよ。
でも、何か目標になるレースをえいやってエントリーするのが一番!


>☆ユリラックマ☆さん
この辛さが病み付きにならないかちと心配なんですけどね^^)
自分でまた思い出しながら書いててつくづく危ない世界だな
って思いましたよ。

投稿: ヒロ児玉 | 2007.05.16 00:28

すでに来年のマメ・擦れ対策を考え始めてそうですね。

投稿: マハロ菊池 | 2007.05.16 06:53

>マハロさん
予想外の足のマメ&肌擦れはいい経験させてもらいましたけど、来年のことはまだまだです(汗)。

投稿: ヒロ児玉 | 2007.05.17 00:21

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