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2006.05.20

第18回山口100萩往還マラニック(140km)完踏記④

■第5CP東光寺正門前(99キロ)■

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笠山から萩焼会館まで平坦な歩道をまた戻るのは単調で変化がなく、足元に集中して走っていた夜間走と比べて時間の経過が遅く精神的に少しきついし、太陽が昇るにつれて五月晴れの日射しが容赦なく照りつけて気温も上昇して疲労感も徐々に増してきます。萩焼会館を左折して松蔭神社を右手に見ながら最後のチェックポイントがある東光寺正門前に5月4日午前9時8分に到着。

CPでまたミチヒロさんと一緒になり、チェックシートに5つ目の最後のパンチを確認し、落とさないように防水ポーチに大事にしまい、あとは山口市の瑠璃光寺へ帰るだけ。脚はずっしりと重たいけど、何人もすれ違う250キロの部のランナーの疲労や脚の痛みを思うとまだまだ頑張らねば!という気持ちになってきます。復路の萩往還の峠は、昨夜と違い明るい昼間なので足を挫くこともないだろうし、余力はあまりなくなってきたけど気合入れて越えるぞ!と闘志だけは枯れないように自分自信を鼓舞します。

■歴史の面影を残す城下町■

萩の町は随所に毛利氏や維新の志士のたちの旧跡が多く残っているので、脚の余力と時間があれば、歩いて観光したいぐらい情緒だたよう城下町。最後のCPがある「東光寺」は毛利家の菩提寺で、3代目から11代目まで奇数代の藩主やその親族の墓がある所で、近くには2代目から12代目までの偶数代藩主の墓がある「大照院」もあります。

東光寺の途中には、維新の志士たちの思想的リーダーだった吉田松蔭を祭る「松蔭神社」もあるんですよね。境内には木戸孝充(桂小五郎)、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋・・・などなどきら星のごとく維新の原動力になった人材を輩出した松下村塾や吉田松蔭旧宅などが移設されているとのこと。

当然レース中はそんなわくわくするようなところまで足を運ぶ余裕は無かったので、今度ゆっくり観光に訪れたいスポットでした。ちなみに、山口県は東京都と並び歴代首相を7人(伊藤博文・岸伸介・佐藤栄作・・後はどなたか教えて)も輩出しているんですよね。9月の総裁選で安倍さんが指名されればトップになります。それだけ歴史を変革するようなリーダーが多く生まれた所です。

■明木市エイド(復路110キロ)■

東光寺から萩市内を抜けて萩有料道路へ入る曲がり角をどうやら間違えてしまい行き止まりに。そういえば道路上に白線がなかったよね・・・。一睡もしていないぼーっとした頭で判断力が鈍り、早く帰りの往還道に入りたいという焦りの気持ちもあって間違えたらしい。後から数人のランナーも私につられて走ってきてしまい申し訳なかったですね。

ミスリードしてしまったランナー達と、どうやら1本曲がるのが早かったということで脇道からコースへロス時間もあまりなく戻ることが出来て事無きを得ました。往路で走った国道を今度は延々と上ります。前夜は早朝だったので開いていなかった萩有料休憩所(107キロ)に午前10時過ぎに到着。休憩所のイスにどかっと腰をおろし、暑くなってきたのでソフトクリームを食べながらひと休み。

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ここから再び萩往還へと入りますが、70キロ・35キロの部や歩け歩けの部の多くのランナーが山口方面から続々と歩き走りしてきて、出会うランナー全員がこちらへ温かい励ましの言葉をかけてくれるのがじーんと心に染みてもの凄く嬉しかったので、疲れた表情は見せられないと力が出てきます。

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5月4日午前11時11分、明木市エイドに到着し、昨夜はなかった名物の明木まんじゅうを一つ頂き、これからの一升谷の登りに備えます。ここには仲間同士の伝言板がありました。

■混濁する意識の中での一升谷■

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明木市からほぼ直線に約3キロ続く一升谷のゆるい登りの坂道。昨夜はひどく淋しい暗黒の世界だったけど、帰りは鮮やかな新緑が生い繁る森の間を石畳の道が続く、やわらかで物静かな色調に変化していました。

初めて走る萩往還では、初体験のヘッドライトの光を頼りに深夜の山道を走るのもスリルがあって面白かったし、急な上りは全て歩き、食欲は減退していたけどエイドでは十分休憩していたので、ここまではそれほど胃腸や脚の痛みで苦しむというレース展開ではなかったのですが、この辺りから徐々に萩の魔物の餌食になります。レース前の睡眠不足の影響か、一番悩まされ辛かったのが睡魔との闘いでした。

取り合えず走っていると脳にも軽い刺激があるのか覚醒していられるけど、登りをユルユル歩きだすと途端に意識が混濁してきて夢遊病者の様に体が蛇行してフラフラになり、ただ脚を前に出しているだけ。ゴルフの帰り道やUターンラッシュに巻きこまれた時みたいに、疲れた状態で渋滞にはまり、トロトロ運転してると断続的に襲ってくる睡魔にウトウト苦しむような感じになります。

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登っても登っても延々と続く一升谷の登り坂と睡魔にさすがに気持ちがキレそうになり「く~っ!いつまで続くのこの登りは!!」と大きな声を出して眠気を追い払います。前を行くランナーがこいつ気が狂ったのか?と、びっくりして振り返りましたね(笑)。

目の前を大きなシマヘビがくねくねと音もなく石畳を横切っているのを見ても、普段は卒倒するぐらい蛇嫌いなのに意識が朦朧としているので全く驚かずに無反応。やっとピークの十合目の標識を過ぎて国道に出て佐々並エイドまで舗装路と往還道を繰り返しながら下ります。たった1日の徹夜ランでこんな状態になるのに、250キロの鉄人たちは2日間ですから、その精神力の強さにほとほと感心します。

仮眠をどこかで上手く取らないと250キロの完踏は難しいでしょうね。この前TVを観ていたら、昼寝は15分で切り上げるのが、その後のパフォーマンスに影響無いらしいです。睡眠は浅い睡眠(レム睡眠)と深い睡眠(ノンレム睡眠)が交互に来ますが、深い睡眠に入るまで約15分とのこと。でも、地球の自転周期におかまいなしに体内時計に逆らって走る萩往還は常識が通用しない世界でしょうね。

■佐々並とうふ(復路120キロ)■

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5月4日午後1時4分に佐々並エイドに到着。眠気も少し治まり、萩のエイドでは有名な佐々並とうふをもらいます。大豆本来の濃厚な味と香りが口いっぱいに広がりとても美味しかったけど、2個目は食べられなかったですね。

エイドのお母さんに「後何キロ?どのぐらいで瑠璃光寺に着きます?」と尋ねると、「残り15キロ、ゆっくり行っても2時間だよ!」と聞いて初めて完踏が見えてきました。(萩往還の140キロの部は数年前にコースが多少短縮され正式には全長134.35km)ただ、まだ最後の難所である板堂峠の急勾配の下りが残っているので、休憩もそこそこに気を引き締めて走り出します。

■板堂峠からゴールへ■

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萩往還は石畳以外にも砂利道や小石点在する走路なので夜間は特に走り歩きにくい悪路です。よくこんな所を夜に通ったよなと感心。

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昨夜クマは出てこないと聞いたのだけど・・・。萩往還は何ヶ所か国道を横切ります。板堂峠の最高点からゴールの瑠璃光寺まで約6キロずーっと下りなので、急勾配の下りは怪我しないように慎重に歩を進め、天花畑からは舗装路になるのでここまでかなり歩いて楽したから、最後はきっちりとランナーらしく走ってゴールへと向かいます。毎度のことですが、ゴールが近くなると何処にそんな力が残ってたの?ってぐらい脚に力が入ってのスパート。

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瑠璃光寺境内前では多くの方々がランナーを温かく迎えてくれます。先頭に立って拍手している実行委員長の小野幹夫さんの姿を発見して少しジーンときました。

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5月4日午後3時26分34秒、ゴールテープを切って念願の完踏。5月3日の夕方から21時間26分の長い時間と140キロという長い距離の萩往還の幕がやっと閉じました。やはり長い間にいろいろなことがあったので、ゴールした時の喜びや満足感は今まで体験したウルトラのレースと比べ物にならないぐらいの感動でした。それと、レース中は「もうやめたい・・」リタイヤしたいなんて気持ちには全くならず、絶対にゴールして早く楽になりたいと思っていましたね。

正直走る前は、レース中にコースを迷うことがあっても誰にも頼らずに自分の力だけで走ってみようなどと思ってましたけど、走後はそんなことがどれほどの意味があるのことなの?ということが分かり、自分ひとりの力の無力さにも気づかされました。

過去に走った100キロのウルトラマラソンは、5キロ毎にエイドが設けてあり、コース上には距離表示はあるし、誘導員もいたるところにいてくれてコースへの不安やエネルギー切れの心配は全くなく、沿道の応援も多くて恵まれていましたね。そんな過保護なレースばかりを経験してきたので、この萩往還はかなり過酷な条件下でのレースで、あまり楽しむ余裕もなかったですが、参加しているランナー皆で声掛け合い励まし合いながら同じゴールを目指そうという温かい雰囲気の大会でした。山口、萩地方の風光明媚な自然や史跡、夜天の星の美しさに魅了され、しばし脚の痛みや疲労も忘れられましたしね。

走後1週間ぐらいは、もう当分走る気がしないという真っ白な虚脱状態だったけど、この完踏記を書きながら改めてレースを振り返ってみると、辛かった記憶も楽しく思えてきて、じわじわ~と感動が蘇ってくるから不思議ですよね。レース中はウルトラの女神が少しだけ微笑んでくれたらしく、夜間走行時に地元のランナーを引き合わせてくれたり、単独走になり迷った時も他のランナーが助けてくれたし、参加している仲間ともコース上で偶然会うことができて元気もらったから叶った完踏だと思いますよ。非常に残念なことは、前半一緒に並走してコースガイドをしてくれた地元のHさんの名前が完踏者リストに無かったことですね。。。

さて、萩往還のハーフはなんとか完踏できて、萩のフルへの参加権もゲットできましたので、来年は250キロへ挑戦!?うーんまだまだ時間があるのでゆっくり考えますかね。今はまだ140キロ以上にしんどい思いをするのはちょっと・・・というのが正直な気持ちです。でも、「平成の志士を目指して!~2年越しの挑戦」と旗立てちゃったから(笑)勢いで行っちゃうんだろうなー。

萩往還でお世話になったスタッフやエイドのボランティアの方々、ブログで応援してくれた仲間へ大変感謝致します。ありがとうございました!

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コメント

このレースは距離以上に、”自分の責任”っていう部分が大きいのですね。
足も気持ちもずいぶんレベルアップできたのではないですか?

投稿: まさ | 2006.05.21 06:06

いや~、壮絶ですなぁ♪
すぐ、そちらの世界に行くのはやや躊躇われますが、いずれは挑戦してみたいっすね。
因みに山口出身の首相は、伊藤博文(初代・第5代・第7代・第10代)山縣有朋(第3代・第9代)桂太郎(第11代・第13代・第15代)寺内正毅(第18代)田中義一(第26代)岸信介(第56代・第57代)佐藤榮作(第61代~第63代内).....だそうです。

投稿: 「た」 | 2006.05.21 08:37

こんにちは!

完踏記四編、読みごたえがありました。
しかし、よく完走しましたね。
一人で黙々と走りながらも、周りの応援に助けられながら(それも絶妙なタイミングで)、ゴールにたどり着いたという感じが伝わってきました。

どうもお疲れ様でした。

投稿: むろぴい | 2006.05.21 10:26

こんにちは。いろんな方の萩往還完踏記を読んでいたら、こちらにたどり着きました。
私も今年萩往還140キロの部初参加で完踏したのですが、東京に帰ってから改めて参加者名簿を見てビックリ!歩いて2,3分の所に住んでいる方が参加されていたんです。それが児玉さんです!
萩以外にも結構同じ大会に参加していますね。今後お見かけする機会があったら声をお掛けします。お互いに頑張りましょう。

投稿: ことみ  | 2006.05.21 17:28

こんばんは!ヒロさん。。140キロ完踏改めておめでとうございます。
さて、250キロはどうしますか?
ここでアドバイス。困難に挑戦しましょう!いいじゃないですか・・リタイアしても。挑戦することに意義があるのですから。
4回目に挑戦して、完踏したランナーもいるのですから。挑戦を継続することに意義があります。逃げてはいけません。挑戦すべきですよ!!140キロから250キロを推察すれば、その大変さが認識できます。でも、その先の自分との対話ができますよ!!
つらかったよね!疲れたね。生きている証拠でしょう。
来年は、250キロ・・・自分の限界に挑戦しましょう。そして、限界だなと思ったときは、素直にリタイアしましょう。来年につなげるのです。挑戦し続けることが大切だと思いませんか?諦めてはきけません。自分に勝つのですよ!!(笑)

投稿: Aloha!Moana | 2006.05.21 21:13

>まささん
萩往還は危険度は小さいですけど、ある程度山岳マラソンやクライミングの世界に共通する”オウンリスク”の原則が重要なレースですね。まーっ、いい経験させてもらいましたよ。レベルはちょびっとだけは上がったかな^^)。。。

>「た」さん
なかなか走り応えがあるレースで、山口、萩地方はいい所でした。70キロや35キロの部もあるのでぜひチャレンジしてみてください。
山口県出身歴代首相のリサーチどーもです。

>むろぴいさん
完踏記全て読んでもらいありがとうございます。でも、長いのでかなり疲れたのでは^^)?
本当に周りのランナーに助けられたレースでしたし、初めて訪れた山口県もいい観光地でしたね。

>ことみさん
はじめまして!コメントありがとうございます。萩往還お疲れさまでした。私は最後は睡魔に苦しみましたけど、どうでしたか?で、ご近所さんにウルトラウーマンがいたとは...いやー私もびっくりですよ。レース中はお互い知らずに挨拶してたりして^^)。

平日の夜は篠崎公園を時計周りにグルグル、週末は江戸川の河川敷を葛西臨海公園まで往復が多いですね。今度はどんなレースに出られるのですか?私は飛翔千葉・サロマ・奥武蔵・10月はえちごの予定です。
また遠慮なく遊びに来てください。

投稿: ヒロ児玉 | 2006.05.21 21:38

>アロハさん
熱~いコメントども、どーもです。萩のハーフで十分お腹一杯になったし、フルの世界は禁断の果実みたいな危険な匂いがするので、もう少し普通のお気楽なウルトラランナーでいさせてください(笑)。

投稿: ヒロ児玉 | 2006.05.21 21:59

いやいや、お疲れさまでした。しかし、読んでいて、皆さんが「萩往還はいいよ。」とおっしゃる訳が、少しだけわかるような気がしました。きっと、実際に経験しないと、本当のところはわからないのでしょうけれども。もう少し子供が大きくなったら、参加してみようかな。

投稿: マカニ・トモ | 2006.05.22 18:42

>ヒロさん

萩往還のドラマは、これからですよ!!
挑戦しましょうよ!!

こちらW&Aにもコメントお願いしますね!!

生きることは、辛い。
でも、励ます友は生きることへの喜びですね!

感謝!感謝!!

投稿: Aloha!Moana | 2006.05.22 21:02

>トモさん
萩往還を走る前は、かなりストイックに自分の限界に挑戦だぞ!みたいな気持ちで臨みましたけど、走後はなんだか人に心優しくなれるようないい雰囲気の大会でした。GW期間中の開催なので、ご家族の理解がないと難しいですけどいずれ挑戦してみてください。

>アロハさん
3日間30分の睡眠だけで250キロを走りきるにはどんな鍛錬が必要なんですかね?まだまだ鉄人さんの域にはほど遠いですよ。W&Aのブログもう少し軽くして下さいネ(笑)。私まだADSLなんで。。。

投稿: ヒロ児玉 | 2006.05.22 22:44

こんにちは。遠慮なく遊びに来ました(笑)
私が睡魔に苦しんだのは深夜2時頃、一番きつい峠の最中でした。佐々並でブラックコーヒーを飲んだら復活し、その後は眠くなることはありませんでした。100キロ過ぎた辺りから時間内完踏を確信し楽しくて楽しくてしょうがなかったです。もうすっかり萩往還の虜(笑)
今後は私もサロマにエントリー済です。年内は24時間とよた、甲州夢街道、つくばが参加可能性高いです。
普段走っているのは、江戸川土手の篠崎街道と隣接している明るいところを往復1時間くらいです。最近は昨年の宮古島ワイドーのTシャツを愛用しています。海に向かって走ったことはないので地元ではお会いしたことはなさそうですね。
そういえば山口福祉センターの写真に友達が写っていました。私は友達のカゲになって髪の毛だけ(笑)何度かすれ違っているはずなのできっと挨拶してると思いますよ。

投稿: ことみ | 2006.05.23 10:20

萩140km完踏レポートご苦労様であります。
戦争中、兵隊さんは歩きながら寝たそうなので、走りながら寝て、来年は250km頑張ってください。

投稿: マハロ菊池 | 2006.05.23 17:44

>ことみさん
睡魔にもそれほど悩まされなかったとは凄い。完踏見えてから楽しくてしかたなかったという気持ちは凄く良く分かりますね。来年はもちろん250キロ挑戦?

私が撮った山口福祉センターで休憩してる時の写真にお友達と写っていたとは・・・髪の毛だけなのは残念ですけど^^)同時間に休憩していたなんて、なんだかまたまた奇遇ですね。で、去年の宮古島ワイドーにも出場されていたのですか?私は去年、今年と参加しましたよ。

サロマは初挑戦なんですけど、前後夜祭どちらも出ますので派手~にやりましょう!

>マハロさん
長~い完踏記読んでもらいお疲れさまでした。ウルトラランナーのキャップで旧陸軍仕様みたいなのがありますから、それで行軍に行きますかね。

投稿: ヒロ児玉 | 2006.05.23 22:41

楽しさや苦しさ、達成感が伝わってきますね。
しかし・・・自分にはむりだー。すごすぎるー。

投稿: マカハ | 2006.05.24 11:14

萩往還は、山道も走ったりと大変なコースですよね。
来年は250kmいっときますぅ?

投稿: ネオス | 2006.05.24 12:30

>マカハさん
長い時間と距離なんで、辛かったり楽しかったりランナー同士の交流があったりといろいろあるので面白いですよ。年明けの宮古でウルトラの世界を存分に堪能して!それでまだ、楽しい時間で止まってるけど??よほど良かったみたい^^)。

>ネオスさん
萩往還の峠は高尾ぐらいの標高なんで、馬越峠を軽~く攻めちゃった方には物足りないかと^^)萩のフルは夜の宴会で居眠りしなくなったらいっちゃいますかね。

投稿: ヒロ児玉 | 2006.05.24 23:04

ヒロさま
ご無沙汰しております。地元ランナーのHです。早くにお礼を言わなければと思いながら、1ヶ月も過ぎてしまいました。申し訳ございませんでした。私、パソコンを持っていないので、今、図書館のパソコンで送信しています。先日は大変お世話になりました。いろいろ教えて下さって、本当に感謝しております。私自身、ウルトラマラソンを甘く見ておりました。当日は93km地点でリタイアしました。足の裏が腫れてしまったためです。動けませんでした。摩擦防止対策をしておりませんでしたから。それも別の方に聞いて初めて知ったんですけど。本当に恥ずかしい限りです。でも、リタイヤしたのが悔しくて悔しくて、28日に島根県で開催された「えびすだいこく100kmマラソン」に再挑戦し、今度はなんとか完走しました。これもいろいろアドバイス頂いたヒロさんのおかげです。本当にありがとうございました。またコメントします。

投稿: 地元ランナーH | 2006.06.02 18:45

>Hさん
どーも萩ではこちらこそ大変お世話になりました!コースガイドしてもらわなかったらあの深夜の萩往還を迷わずに走れなかったですよ。ネットに繋げない環境と聞いていたのでわざわざコメント頂きありがとうございます。

完踏者リストに名前が無かったので、私のペースで無理させてしまったみたいで申し訳なかったですね。でも、「えびす・だいこく」でリベンジ果たせて良かった!おめでとうございます。ウルトラマラソンをゴールした時の感動は病みつきになるでしょう?

また遠慮無くここに遊びに来て下さい。ブログのプロフィールのMSNのアドレスに携帯アドとか入れてくださいね。来年また萩で一緒に走れるかな。

投稿: ヒロ児玉 | 2006.06.02 21:58

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